子供と学ぶ沖縄戦跡地4選

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2015年8月15日 日本は戦後70年を迎えました。

沖縄といえば、エメラルドグリーンに輝く海と青い空。

ゆったりと流れる島時間は、訪れる人をいつでも優しく迎え入れてくれる沖縄ですが、我が国において唯一、地上戦が繰り広げられた地でもあります。

今回は子供と学ぶ沖縄戦跡をご紹介します。



沖縄戦について

様々な人々によって語り継がれている沖縄戦ですが、最悪の特徴として軍人ではなく住民たちが最も大きな犠牲になったことです。
沖縄県の資料によれば、沖縄戦によって亡くなった方は、アメリカ軍13,000人、沖縄出身者を含む日本軍約95,000人、そして沖縄の住民94,000人といわれています。
沖縄県民の4人に1人が亡くなったといわれる沖縄戦。人類史上 最悪のこの戦争の傷跡は今なお深く、生き残った人々も多くを語りません。

毎年6月23日は沖縄戦で亡くなった戦没者の霊を慰めて平和を祈る『慰霊の日』として摩文仁の平和記念公園で行われる沖縄全戦没者追悼式をはじめとし、沖縄県内に数多くある慰霊塔でも一斉に慰霊祭が行われています。

ひめゆりの塔とひめゆり平和祈念資料館

学徒ながら看護要員として動員され命を失った多くのひめゆりの少女たちの魂を祀ったひめゆりの塔。
ひめゆり部隊240人(生徒222名、教員18名)のうち、亡くなったのは136名(生徒123名、教員13名)。
ひめゆり平和祈念資料館では、戦場に残された品々や米軍のフィルム、生存者の証言などによる展示でひめゆり学徒隊の辿った沖縄戦の実相を知ることができます。
ひめゆりの塔は実際に沖縄戦末期に過ごした井原第三外科壕の上に建てられています。
彼女たちの悲劇は沖縄戦の悲劇のほんの一部にしかすぎませんが、沖縄戦を知る一歩としてぜひ資料館を訪れてみてください。

旧海軍司令部壕

旧海軍司令部壕は、地上戦が行われた沖縄戦の司令部があったところで、1944年に山根部隊によって掘られた司令部壕です。
当時は450mあったといわれ、現在はその一部300mが公開されています。
当時は4000人の兵士が収容されたいたそうで、司令官室や暗号室などの部屋があり、その中でも幕僚室の壁には手榴弾で自決したときの破片の跡も残っています。
資料館には壕内から発見されたものや写真、電報などが展示されており、沖縄戦について学ぶことができます。

平和祈念公園・平和の礎

公園内に入ると目に付くのが平和の礎です。
この礎は平和の心を広く内外に伝え、世界の恒久平和を願い、国籍や軍人、民間人の区別なく沖縄戦などで亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ祈念碑『平和の礎』を太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して建設されました。
平和の礎には約20万人の氏名が刻み込まれており、資料館では沖縄戦や昔の沖縄の様子など、学べる場になっています。
沖縄県内では6月23日を慰霊の日とし、沖縄全戦没者追悼式が行われます。

喜屋武岬

糸満市にある喜屋武岬は沖縄本島の南端にあり、沖縄戦跡国定公園に指定されています。
ここは沖縄戦で米軍に追いつめられ、自決するために身を投げたという悲惨な歴史があります。
喜屋武岬からの風景は180度のパノラマで青い海が広がり、水平線が曲がって見えるので地球が丸く見える場所です。
眼下の海は透明度が高く、晴れた日はとてもきれいな海です。
景色だけを楽しむのもいいですが、ひめゆりの塔で沖縄戦を学んだ後に訪れるとまた違った景色にみえるかもしれません。

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