結婚式の“誓いの言葉” に秘められているイミを考えてみたことありますか?

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結婚式の中で、“誓いの言葉” というものがあります。

「汝、あなたは、この女性(男性)を 健康な時も病の時も 富める時も貧しい時も 良い時も悪い時も

愛し合い 敬い 慰め 助け 変わりなく愛することを誓いますか?」

「自分自身を捧げますか?」

個人的には、愛する人のために尽くし続けることが、愛する人のためであり、幸せになれるだろうと思っていました。しかし・・・

もっと深いところでのイミがあるような気がします。

少し考えてみませんか?



『健康な時も 病の時も』

 愛する人の、痛み苦しむ姿は見たくないはず・・・
 ずーっと健康で、ずーっと一緒にいたいと思っても、人間誰しも体調を崩す時もあります。

 そんな時、一緒になって泣いていたり、自分も病にかかるようでは、病気になった方が、もっとつらくなりますよね。

 この誓いの言葉のなかにある、『健康な時も、病の時も』というのは、
毎日同じように健康で何事もなく生きれるように、人の体というのはできていないので、どのような状態になっても、嘆いたりしないで。愛する人の痛みから、目をそらさずに、心からの愛情を注いでくださいね。っていう意味があるような気がします。

 病気になっても、愛し続けることを忘れないで欲しいな、と思います。

『富める時も 貧しい時も』

 二人での生活が始まると、一人でいる時とは違って、生活に大変化が起きます。予定外の出費に追われることもあります。経済的な物が増えたり減ったりする変化も大きくなりますよね。

 生活に必要な経済的なものの動き一つで、人の心があっという間に変わるということもしばしば見られるのが現実です。

 これは、とても悲しいことです。

 でも、ここでの、『富める時も、貧しい時も』といのは、個人的に、経済的な事だけではないように思います。

 『どんなにお金をかけても手に入らないもの』を意味しているように思います。私は、それを、「お互いの存在と愛」だと思うのです。
 
 私は『愛』という響きに、湧き水のイメージがあります。
 急に溢れ出ることもあれば、何らかの理由で枯れてしまうこともあるからです。安定して一定量を保つのは、環境などの影響が大きいように感じています。

 だからね、今目の前にある一つ一つの存在を大切にしてくださいね。という意味があるように感じます。

 どのような状況になっても、二人で乗り越えられることがあるということを忘れないで欲しいな、と思います。

『良い時も 悪い時も』

 いつの時代にも、夫婦関係というのにも、「良い時もあれば悪い時もある」なんて言われます。
 個人的に、この言い方がちょっと気に入りません。
 なぜなら、「良い時」と「悪い時」がどのような時なのか、よくわからないからです。女性側にとって「良い時」であっても、男性側にしたら「悪い時」かもしれないからです。

 でも、実際には、色々あるんですよね。それこそ、良い時と悪い時です。お互いの主張がぶつかる時もあれば、我慢していなければならない時もあったり、逆に、一緒にいてとーっても居心地が良い時もあります。

 お互いが、一番ベストだと思われる状態を保つのには、ポイントがあるように思います。

 我慢したり、無理をしたりするのではなくて、毎日が楽しくても、生活が苦しくても、心の奥深くから、一緒にいて居心地の良い状態を保つようにという意味が含まれているように感じます。

 だからね、ここでの『良い時』と『悪い時』というのは、何があっても、お互いの存在に感謝できるように。という意味がこめられているのでは、と思います。

 いつでもどんな時でも、お互いの存在に感謝することを忘れないで欲しいな、と思います。

『愛し合い 敬い 慰め 助け』

 ずーっと一緒にいたいという想いが、願いが叶って、共に生きることを選択したはずです。
 でも、ちょっとしたことで、『愛』を見失ったり、お互いの存在を大切に思えなくなったりしちゃうこともあるかと思います。

 いいえ、実際には、ちょくちょくあるものです。
 
 自分のこともちゃんとわかっていないのに、相手ばかりを責めてしまったり。自分から愛情を注ぐことを忘れて、相手の『愛』を求めてみたり。

 又、相手の辛さや生きづらさからも目を背けてしまうことだってあります。自分だけが一番辛い、という想いに囚われれるんですよね。慰めの言葉よりも、否定する言葉が先行したりもします。支えてあげる前に、自分が支えられたくて、それをも求めてみたり。

 それでは、あまりに悲しすぎますよね。

 ここでの『愛し合い 敬い 慰め 助け』というのは、お互いの存在はとても愛しいものですよ。お互いの存在はとても尊いものですよ。時には、なぐさめの言葉をかけ癒してあげてくださいね。時には、助け手となって、支えてくださいね。という意味があるように感じます。

 だからね、いつでも、どんな時でも、どんな事でも、言葉を交わすことを忘れないで欲しいな、と思います。

『変わることなく愛する事を誓いますか?』

 「ずっと変わらないでいて欲しい」と、相手に思うことがあります。でも、それっていうのは、状況や環境次第では、人は変わってしまうものだと、個人的には思っています。

 だって、人は時が経つと忘れてしまうから・・・
 
 『愛』も『存在の大切さ』も『言葉をかけあう』ことさえも、忘れてしまいます・・・「あって当たり前」になっちゃうんだと思います。
 「言わなくてもわかるだろう」などと思ってしまうように感じます。

 それではとても悲しいですよね。

 だから、あえて『変わることなく愛する事を誓いますか?』という言葉があるように感じます。

 今、ここにいる二人は、今日までの間にどれほどの『愛』の言葉を交わし、お互いの存在に感謝して生きてこられたのか、ということを忘れないで、という意味が込められているように感じます。

 夫婦というのは、個人的に、一心同体・運命共同体ではない!!という思いが強くあります。一人一人が違うからこそ、『愛し合うこと』も『尊重し合うこと』も『慰め合うこと』も『助け合うこと』もできると思うのです。共に生きる人生の中で、自分に足りないところを支えてもらい、お互いの存在を高めあえることもできると思います。
 
 一人では乗り越えられなくても、二人でなら乗り越えられることのほうが多いということを忘れないで欲しいな、と思います。 

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